たくさん担保があった方が債権回収上、良いというものではない(Part 1) in China

1.「人的保証」と「物上保証(抵当権等)」を実行する場合の優先順位のルールに注意

特に脈略は無いですが、今回は中国における担保設定について記事を書いてみたいと思います。

自社の債権(売掛債権等)を保全する為に、取引先(債務者)から担保の取得を検討することがあると思います。その際、中国においては、「人的保証」と「物上保証(抵当権等)」の優先順位について十分考慮する必要があります。

中国民法典 第392条(物的担保と人的担保)によると、当事者間で約定が無い場合で、同一の債権について「人的保証」と「物上保証(抵当権等)」が併存している場合、債務者自身が当該物上保証を提供している場合は、債権者はまずは債務者自身が提供した物上保証を先に実行してからでないと、第三者の保証人に保証債務の履行を請求できない、というルールがあります。

言い方を変えると、第三者の保証人は、債務者が提供した物上保証が実行されるまでは、保証債務の履行を拒否することが出来ます。


[中国民法典 第392条(物的担保と人的担保)]
被担保債権に物的担保だけでなく人的担保もある場合,債務者が履行期の到来した債務を履行せず,又は当事者が約定した担保物権の実行事由が発生したとき,債権者は約定に従って債権を実現しなければならない。

約定がない又は約定が不明確であり,債務者自らが物的担保を提供した場合,債権者は,まず当該物的担保から債権を実現しなければならない。

第三者が物的担保を提供した場合には,債権者は,物的担保から債権を実行することができ,保証人に保証責任の負担を請求することもできる。担保を提供した第三者は,担保責任を負担した後,債務者に対して求償権を有する。




2.たくさん担保があった方が債権回収上、良いというものではない in China

担保の提供について交渉している場合、債務者が保有する不動産・動産への抵当権設定の他、債務者である法人の法定代表人、親会社等による債務保証等が選択肢に上がる場合があります。

この場合、「よく分からないけど、貰える担保であればなんでも貰いますよ」というということで、あれやこれやに担保権の設定をした中、債権者の思惑としては、債務者が抵当権として提供した不動産・動産の価値は二束三文なので、第三者である債務者の親会社の債務保証に一番、回収可能性を期待しているという場合を考えてみましょう。

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このような場合、特に当事者間で約定が無い場合は、中国民法典 第392条(物的担保と人的担保)のルールに基づき、債務者が債務不履行をして、債権者としては直ぐに親会社に保証債務の履行を請求したくても、「まずは債務者の物的担保権を実行してから出直してきてください」と保証人に言われてしまうリスクがあります。

中国の場合、実務上、債務不履行をした場合、担保権者は直ぐに抵当権を実行できるわけではなく、まずは訴訟で請求権を確定させた後ではないと抵当権の実行が出来ないという実務になっています。

その為、上記事態となった場合、まずは、回収可能性が低い担保権を実行する為の裁判を提起して、その後、回収不能であることが法的に確認された後(強制執行の終了に関する裁定書を受領した後)に保証人に保証債務の履行を請求する、という二段階方式を取る必要があり、弁護士費用、人件費、時間が膨大に係ることになります。

賢い?債務者・保証人であれば、上記ルールを念頭に、初めから保証債務を履行するつもりはない中で、一見すると支払能力の高い親会社等が人的保証を提供するということで安心させておいて、債務者がお金を支払わずにトンズラするという、作戦に出てくる可能性があります。

上記事態とならないように、「人的保証」と「物上保証(抵当権等)」が併存させて担保を取得する場合は、債務不履行の場合は直ちに保証人に保証債務の履行を請求出来る旨、保証契約書に約定しておきたいものですね。

それでも、中国においては「執行難」が依然として問題となっていますので、裁判で回収出来るから大丈夫と安易に考えず、与信設定の際には十分、リスクを考慮して取引開始・与信増額の判断を行うようにしましょう。



3.次回記事の予告

次回の記事では、上記テーマの続編である、「たくさん担保があった方が債権回収に良いというものではない(Part 2) in China」を投稿予定なので、次回もぜってぇ見てくれよな!



<超個人的な備忘メモ(最近、読み終わった本)>
マンガ-教養としてのプログラミング講座
(清水亮氏、タテノカズヒロ氏)


[以下、本書抜粋]
諸説ありますが、人類初のプラグラマーは、19世紀の英国人、ラブレース伯爵夫人オーガスタ・エイダ・キングと言われています

(中略)

エイダは、自動計算器を「人間が手順を説明可能な者なら、どんな作業でも自動化できる機会」と定義しました。そしての現代の我々にとってのプログラムとは、まさに「手順の説明」を意味しています。


プログラムに限らず、エクセルの計算式についても上記が当てはまるでしょう。もし、手順の説明の仕方が下手の場合、エラーが出やすくなったり、メンテナンスが難しくなるので、シンプルな構成となるように気を付けたいものですね。

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<超個人的な備忘メモ(最近、読み終わった本)>
物流とロジスティクスの基本 この1冊ですべてわかる
(湯浅和夫氏)

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<超個人的な備忘メモ(最近、読み終わった本)>
先輩がやさしく教えるシステム管理者の知識と実務
(木下 肇)

[本書で参考になった内容]
サーバは複数ユーザーでの利用が前提となるが、サーバ自体は基本的に、1台で1つの機能を提供するように構成されている。その為、サーバは一般的に「機能名+サーバ」という呼び方をする。

データセンターは、顧客のサーバを預かるサービスを提供している。ホスティングサービス(=レンタルサーバ)とは異なる。

「社内ネットワーク内に設置されたサーバ」と「インターネット上のサーバ」では、攻撃のされやすさが異なる。グローバルIPアドレスで直接、インターネット上で通信をする後者のサーバは攻撃を受けやすい。

監視のコツは、これが動作していればOKというポイントを見つけ出すこと。

PCのHDDが故障した場合、基本的な解決策はHDDの交換しかない。その為、故障が疑われる動作をしている場合は、速やかにバックアップの取得を最優先にしてデータを失わないようにする。故障は「物理障害」と「論理障害」に分けられる

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<超個人的な備忘メモ(最近、読み終わった本)>
先輩がやさしく教えるセキュリティの知識と実務 Kindle版
(橋本 和則氏)

[本書で参考になった内容]
PCがマルウェアに侵されると、そのPCが攻撃者の「踏み台」に使われることがある。その為、自分のPCには大したデータ入っていないからウィルスに感染しても構わないと思っても、自分のPCが悪意の攻撃者の「踏み台」となり「被害者」だけでなく「攻撃者」となってしまう場合があるので安易な考えは禁物。

PCの動作がおかしい場合、マルウェアの可能性も考えられるが、ハードウェアの故障や経年劣化の可能性も考えられる。トラブルの原因の見極めが出来ないと、マルウェアの可能性を排除できないというリスクと不安を負うことになる。PCを構成するハードウェアの役割を知っていれば、トラブル時にハードウェア的な要因であるか否かを見極めて対処することが出来る。

「ウィンドウズキー」+「L」でロック出来る。

タスクマネージャーからマルウェアを探すことは上級者向けなので、安易に初心者が手を出すべきではない。PCの稼働に必要なプログラムを誤って削除してしまうリスクがある。

iPhoneのリモートワイプ機能を使えば、当該端末上の全データを消去して初期化出来るが、Apple IDとの紐づけも無効となるので位置情報も追えなくなる。その為、リモートワイプ機能はどうしても見つからない場合の情報漏洩を最優先に置いた最後の手段と考える。

UPS(無停電電源装置)は「停電時に正常なシャットダウンを行う為の装置」。数十分以上の稼働は出来ない。

「ミラーリング」と「データバックアップ」はデータ保存のやり方が異なる。

1.ミラーリング:
  複数のHDDに同じタイミングで同じデータを上書き保存する。
  1つのHDDが故障した場合にはデータを復元できるが、
  同じタイミングで同じデータを上書きしているので誤ってデータを
  改変してしまうと復元できない。

2.データバックアップ
  データを上書きせずに複製して、バックアップをとった時点ごとにデータを保存する。
  データを削除してしまっても削除前の時点に戻って復元が可能。

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書籍:「自動車部品メーカー取引の法律実務」を読んで

1.書籍「自動車部品メーカー取引の法律実務」を読んで

当社は某商材の専門商社に所属しており、当社では、自動車セットメーカー(トヨタ、日産等)に直接、モノを販売することはありませんが、Tier 1、Tier 2と言われるような、自動車セットメーカーの川上に位置する自動車部品メーカーと取引するケースは多々あります。

その為、仕事の参考になればと、今般は、「自動車部品メーカー取引の法律実務」(和田 圭介 (著, 編集), 杉谷 聡 (著, 編集))という本を読んでみました。


[目次]
1.自動車産業の特色
2.自動車部品サプライヤーの関連法令
3.受注(顧客との関係)
4.開発
5.調達
6.保証・責任

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2.「ジャスト・イン・タイム」は下請けいじめ?

(注)本記事の内容は私自身の見解であり、必ずしも所属する企業や組織の立場、意見を代表するものではありません。

本書は上記目次で構成されており、「1.自動車産業の特色」の箇所に、トヨタ生産方式である「ジャスト・イン・タイム」が解説されていましたので、その箇所を抜粋させて頂きます。


2.トヨタ生産方式 3

 (中略)

「ジャスト・イン・タイム」とは、「必要なものを、必要なときに、必要なだけ造る(運ぶ)」ことが基本的な考え方です。この時に、何がどれだけ必要かを表す道具として「かんばん」が用いられます。部品サプライヤーを含めた前工程と一体になって、生産の停滞やムダのない「モノと情報の流れを構築」しています。

トヨタ生産方式では、人件費を削減でき、在庫量を最小限に抑えることができますが、平準化生産ができないと導入が難しく、在庫の欠品により生産ラインが停止するおそれがあります。また、近時、災害などのトラブルで生産ラインが止まることが起きているため、在庫量を拡大することや生産ラインの復旧を急ぐ体制を整備することでこれらのデメリットを押さえるようにしているようです。

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3 トヨタ自動車株式会社「トヨタ生産方式」
https://global.toyota/jp/company/vision-and-philosophy/production-system/


上記のトヨタ生産方式の説明は、トヨタ自動車の上記HPの内容を参照の上、記載されています。

上記HPに記載されている「ジャスト・イン・タイム」の紹介箇所を抜粋させて頂きます。


ジャスト・イン・タイム
-生産性を向上-
-必要なものを、必要なときに必要な量だけ造る!-

生産現場の「ムダ・ムラ・ムリ」を徹底的になくし、良いものだけを効率良く造る。
お客様にご注文いただいたクルマを、より早くお届けするために、次の内容により最も短い時間で効率的に造ります。

1.お客様からクルマの注文を受けたら、なるべく早く自動車生産ラインの先頭に生産指示を出す。
2.組立ラインは、どんな注文がきても造れるように、全ての種類の部品を少しずつ取りそろえておく。
3.組立ラインは、使用した部品を使用した分だけ、その部品を造る工程(前工程)に引き取りに行く。
4.前工程では、全ての種類の部品を少しずつ取りそろえておき、後工程に引取られた分だけ生産する。


上記はトヨタ目線で書かれていることもあり、上記を見ると、「ジャスト・イン・タイム」在庫や人件費も削減出来てすばらしいことのように思われますが、本当にそうなのでしょうか。

以前、下記記事にも書きましたが、これは既に色々な方面で言われていることではありますが、「ジャスト・イン・タイム」方式は、「トヨタ」にとっては「人件費を削減でき、在庫量を最小限に抑えること」が出来る素晴らしい方式かもしれませんが、それは、川上に位置する部品メーカー、部材メーカーの犠牲、負担の上に成り立っている場合もあると思います。全当事者にとって「WIN-WIN」な方式ではないのです。


2014年9月2日:公開
VMI契約の「瑕疵担保期間の起算日」、「取引終了時の在庫の取り扱い」に注意
https://hitorihoumu.blog.fc2.com/blog-entry-447.html


トヨタが部品・部材メーカーの生産リードタイムを無視して出荷指示を出してくることもある為、部品・部材メーカーは安全在庫と言われる在庫を発注内示(フォーキャスト)に基づいて常に確保しておく必要があります。

仮に、客先に指示通りに納入出来ない場合、完成品メーカーの生産ラインが止まると莫大な賠償金を請求される可能性がありますので、発注内示を無視することは出来ません。

当然、在庫を確保すれば、在庫を調達・生産しておくためにカネが社外に出ていきますし、在庫を保管する為の費用も掛かります。トヨタにしてみれば、上記在庫負担も含めて部品・部材メーカーに利益を確保してあげているんだ、ということかもしれませんが、この発注内示(フォーキャスト)があてにならないとしたらどうでしょうか?



3.発注内示(フォーキャスト)はあくまで参考情報でしかない件

本書「3.受注(顧客との関係)」に、発注内示(フォーキャスト)に関するQ&Aが記載されており、一次サプライヤーから発注内示を受けて、二次サプライヤーが納品の為の準備をしていたものの、急な減産となった場合や発注内示が取り消された場合、損賠賠償は可能かとの質問に対する回答が記載されていました。

その回答部分に、発注内示の「定義」と「法的拘束力」について解説がありましたので、その箇所を抜粋させて頂きます。


[解説]
1.発注内示とは

「発注内示」は、法律上の定義があるわけではなく、どのような意味で「発注内示」という言葉が使われているかは、業界や取引当事者間によって異なります。大きく分類すると、以下の三つに分けられると思います。


①生産計画よりも具体的であるものの、あくまで発注の予定を伝えるもの
②確実とまではいえないものの発注が見込まれるため、予定納期に間に合うように製造・販売の準備をするよう指示するもの
③発注が確実であるものの、内容の変更や取消しの可能性があるため「内示」という形式をとっているにすぎないと評価されるもの)(実質的に発注)


2 発注内示の法的拘束力

(中略)

個別の状況によりますが、通常は、発注内示の後に、正式な発注が合って個別契約が成立すると考えられるので、上記①と②の場合は、準備行為をしていたとしても、契約が成立していると評価できる可能性は低く、発注内示に法的拘束力までは認められないと考えます。

(中略)

自動車業界における「発注内示」は、「生産計画」と比べて格段に重い意味を有し、「発注内示」を契機に、量産できる体制を整え予定納期に納品できるよう製造に着手することが多く、②の趣旨であることが比較的多いと考えられます。



著者は、上記解説の後、「3 発注内示の内容変更や取消しにより発生した損害・損失」という題目を設けて、上記②のケースでは、契約の成立は主張できないものの、「契約締結上の過失」に基づき、一次サプライヤーが急に発注内示を取り消した結果、二次サプライヤが既に納入準備に入っていた在庫・部材がムダになって損害が発生した場合、「損害賠償が認められる可能性が相当程度以上あると考えます」と記載されています。

ただ、立場の弱い下請けサプライヤーは、今後の取引関係を考えると、川下の部品メーカーに対して損害賠償を正当に請求することが出来ず、泣き寝入りするケースは多々あるのではないでしょうか。最高裁判例上は認められているとしても、取引停止覚悟で賠償請求をする弱小サプライヤーはいないでしょう。

「ジャスト・イン・タイム」の名の元に、「発注内示」という曖昧なものをベースにして川上のサプライヤーに在庫を確保させておいて、急な生産調整が発生した場合、発注内示には法的拘束力は無いとして一方的に引き取りを拒否して、それまでの取引による利益を大きく超える損害を発生させているケースがあるとしたら、それは、下請けいじめ以外のなにものでもないですね。

全ての部品メーカーとの取引が下請けいじめに該当するとまでは言いませんが、経験上、下請けいじめに該当するケースは存在していると思います。



4.下請法上、「ジャスト・イン・タイム」はギリギリOKになっている件

下請法の対応を行う者にとってバイブル的な存在である、公正取引委員会・中小企業庁が発行している「下請取引適正化推進講習会テキスト」では、「ジャスト・イン・タイム」を以下の通りに解説した上で、各種条件を遵守することを条件として、法令上、OKにしています。


[上記テキスト該当箇所の抜粋]
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https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu.html


上記該条件の中に、「エ 納入回数及び1回当たりの納入数量を適正にし,かつ,無理な納入日(時間)の指示は行わないよう注意する」という条件があります。

「注意をしていれば、結果的に無理な指示をしてしまった場合はそれはOKなのか」等、色々と考えさせられる書き振りで、全ての条件が本当に遵守されているのかは謎ですが、公正取引委員会・中小企業庁も、日本を代表するトヨタを考慮して、ギリギリOKという見解を出したのでしょう。



5.下請法を回避する為に商社を商流に介在させる件

以前、下記記事にも書きましたが、大手部品・部材メーカーは、上記を含めた下請法の各種制約を回避することを目的として、私が所属しているような、下請法上の「下請事業者」には該当しない商社を取引商流に介在させることで、完成品セットメーカーからの無理な依頼に何とか対応しているところはあると思います。


2018年12月6日
(法務担当の方でも勘違いし易い)下請法に関する留意点(計9項目)
https://hitorihoumu.blog.fc2.com/blog-entry-614.html


商社の機能一つとして、在庫管理が挙げられますが、かといって、商社としても在庫リスクを全て丸カブリすることは出来ません。

そこで、在庫は確保するものの、「発注内示に基づいて在庫を確保後、〇か月が経過後も当該在庫が残存していた場合は顧客が当該在庫を買い取る」というような覚書を締結して、在庫残存リスクに備えるようにしています。

上記覚書があっても期限通りに買取してくれないケースはありますが、「契約締結上の過失」という頼りない概念に頼ることなく、リスクの軽減に向けた契約書面はしっかり取り交わして取引したいと考えています。

また、そんな(偉そうなことを言っている)当社が、当社の川上に立つサプライヤーに対して、下請けいじめをしていないか、いじめが連鎖していないかどうかも十分注意していきたいと思います。

支払期日の規制(60日以内)は遵守している会社は多いとしても、量産終了後も金型を下請事業者に預けるケースの遵守事項等、細かい下請法の規定に違反していないかどうか留意したいものですね。



6.最後に

本書では他にも参考になった、個人的に心に留まった箇所(補給部品の確保義務等)がありましたので、次回、当該箇所を取り上げさせて頂こうと思います。

(中国:移転価格税制リスク)全体的に薄利なビジネスであると主張しても税務局には通じない件

1.以前、読んだ実務書をしばらくしてから読み返すことの意味

中国に赴任して約1年半が経ち、少しは中国ビジネス実務の経験値も増加してきました。

そこで、今、以前に読んだ中国関連の実務書を読み返せば、前に読んだときには経験値が無さ過ぎて心に留まらずにスルーしていた箇所が、今になって参考になる箇所もあるのではないかと、中国の会計・税務・法務に関する複数の書籍を改めて読み返しています。

今回、読み返した一冊は以下です。


実例でわかる 中国進出企業の税務・法務リスク対策~法制度から現地の商慣習まで
(PwC税理士法人 簗瀬 正人氏、金誠同達法律事務所 趙 雪巍氏著作)

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以前、読んだのは2020年7月11日で、当時、本書で参考になった箇所等を下記記事にUPしていました。


この度、財務経理部門の責任者になりました(プレイングマネージャーから管理者へ転換する上での心得等)
https://hitorihoumu.blog.fc2.com/blog-entry-662.html




2.(移転価格税制)全体的に薄利なビジネスであると主張しても税務局には通じない件

今般、改めて本書を読んでみて心に留まったのは、「SAT公表事例を参考にした税務問題」と題して、SAT(State Administration of Taxation:中国国家税務総局)所管の中国税務報板(網連報)で公表された事案を基に著者が作成したという更生の事例です。

個人的には、上記各種事例の内、「Q1 薄利の電子部品部材製造子会社に対する移転価格更生事例」が参考になりました。

早速、上記の一部を抜粋させて頂きます。以下は、上記テーマに関して「背景」、「税務調査の状況」、「交渉」、「更生結果」という順だった項目の内、「交渉」の箇所の抜粋です。


交渉

1 親会社日本企業の主張

日本親会社A社は、当該中国子会社の薄利状況は、顧客の事情、品質管理の困難性、原料高騰および製品寿命に基づく市場および製品の性質に起因するものであると主張しましたが、下記国家税務当局の主張、反論により、親会社の主張は受け入れられませんでした。

2 国家税務当局の主張、反論
国家税務当局は下記事項に基づき、更正処分を主張しました。

(1)低い営業利益率
中国子会社の2009年~2013年の累積営業利益率は1.8%であり、電子部品業界平均的コストプラス利益率5.9%を大きく下回っている。

(2)製造機能のみの企業
中国子会社は開発活動、販売活動にも関与しておらず、当該活動に伴うリスクを負うことは合理的ではなく、製造活動に基づく正当な利益を獲得すべきであり、薄利の状況は妥当ではない。

(以下、省略)


詳しいことは書けませんが、上記はレアなケースではなく、あなたの会社にも発生し得る事例かと思います。

税務局は、税務調査の際に会社側が利益率の低い理由を説明しても、その理由が「それじゃあ利益率が低くても仕方がないね。大変だったね」というような合理的な特殊要因でない限りは、「それはどの会社にも当てはまることなので関係ありません」と一蹴されて、税務局が考えるベンチマーク企業の利益率をベースに追徴課税をしてきます・・orz

調査を受けた中国法人が、海外のグループ会社(例えば日本の親会社)を介したグループ間取引において、様々な要因で上記取引全体が薄利であり、日本の親会社だけが大きな利益を獲得しているわけではないと主張して、エビデンスとなるデータを提出しても、中国の税務局は、当該中国法人全体の利益率、グループ会社向けの利益率が低いだけで、利益率が低すぎるとして追徴してきます。

某大手税務コンサルに聞いた話では、中国の税務局は、明文化された基準は無いものの、製造部品メーカーは概ね5%以上のフルコストマークアップ率を獲得すべきと考えており、5%を下回る利益率で税務調査が終了するケースはほとんどないようです。

一昔前の中国であるならいざ知らず、人件費が高騰して、また、チャイナ・プラスワンによりビジネス環境が厳しくなった今、特に中国における加工ビジネスでは簡単には儲からなくなった今の状況において5%の利益率をキープすることは難しい状況ですが、(税収が減って困っている)税務当局にはそんな中国進出企業の事情は通用しません。

通常の法人税に関する税務調査でも、移転価格税制について調査されることはありますが、時間の都合上、そこまで詳しく調査されることはありません。しかし、移転価格税制に特化した税務調査を受けた場合は相応の時間がありますので、がっつりと踏み込んで調査してきます。

その時に、色々な理由を付けて「当社の利益率は妥当であり、移転価格上も問題は無い」との結論を記載したローカルファイルを毎期、作成していて安心していても、いざ税務調査が入った場合、ローカルファイルに記載していた事情は税務局に一切考慮して貰えず、想定外の追徴を受ける場合があります。

ということで、以前の下記記事にも記載しましたが、「移転価格税制対応のキモは『文書作成』ではなく『社内体制の整備』にあり」であり、そもそも調査対象とならないように、仮に、調査を受けた場合でも十分な反論出来るような体制づくり・準備をしておきたいものですね。

とはいえ、今の厳しい中国のビジネス環境で、税務調査の対象とならないように利益率を一定の%でキープしていくことは言うほど簡単ではないですが・・orz

現在、中国の税務当局は税収が減少してきたこともあり、移転価格調査に力を入れているようです。これまで、中国に会社を設立してから一度も、移転価格税制に特化した税務調査を受けたことの無い会社でも、急に調査開始の通知を受ける可能性が高まっていると思いますので、事前の準備を怠らないようにしたいものですね。

中国における移転価格調査の遡及期間は最大10年で、調査時は過去10年間に遡って調査してきますので、もう手遅れという可能性もありますが・・( ゚д゚)



3.参考として

以下に、移転価格税制に関してUPした記事を関連情報として記載しておきます。


[関連する記事]
移転価格税制:特殊要因分析での「業界共通の要因」や「金額の算定が困難な要因」は調査官が認めてくれない
https://hitorihoumu.blog.fc2.com/blog-entry-726.html

移転価格税制対応のキモは「文書作成」ではなく「社内体制の整備」にあり 他
https://hitorihoumu.blog.fc2.com/blog-entry-722.html

中国の経済補償金(退職金のようなもの)に係る勘違いし易いケースについて

1.中国現地法人の出口戦略と撤退実務(前川 晃廣氏著作)を読んでみました。


  [本書目次]
  第1章 中国現地法人「出口戦略」の基礎知識
       (「出口戦略」を構成する各要素;解散→清算 ほか)
  第2章 中国現地法人の寿命の決め方
       (土地使用権の年限と現法の経営年限;独資企業の手仕舞い方法 ほか)
  第3章 中国M&Aの実態
       (売却先のファインディング;譲渡先候補との交渉 ほか)
  第4章 解散・清算の実務
       (「公司法」における解散原因;清算期間に関する規定 ほか)


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本書は2014年1月出版と10年程度前の少し古い本の為、今の実務・法令と合致していないところもあるかもしれませんが、上記を割り引いて考えることを前提に、何か一つでも得るものがあればと、本書を手に取ってみました。


[補足]
古い実務本を読むと、古い内容をインプットしてしまう可能性があるので、今の法令・実務について全く知見が無い分野で、特に法令改正が頻繁に行われる中国関係の実務本を読む場合、なるべく出版年の新しい本を読みたいものですね。


2.中国の経済補償金(退職金のようなもの)に係る勘違いし易いケースについて

本書のテーマは「出口戦略」ですが、「出口」が社員の解雇を伴う方法の場合、一番気になるのは経済補償金という名の退職金の支払い義務が発生するのか、発生する場合の金額かと思います。

経済補償金について、この名称からくる何となくのイメージから勘違いし易い内容としては以下のケースがあります。
本書には記載の無い項目も含めて、思いついたテーマをいくつか取り上げてみたいと思います。

(1)定年退職する方には経済補償金の支払いは「不要」
   経済補償金は、労働契約の終了または解除の場合に発生する従業員の損失を補償するために
   従業員に支給する金銭をいう(労働契約法46条)。

   予期せず発生した労働契約の終了に伴い発生した損失の補填という性格上、
   定年退職することは前々から分かっていたのであるから、予測していましたよね、
   ということで経済補償金の支払い対象外となっている。

(2)労働者が自己都合で退職する場合、経済補償金の支払いは「不要」
   原則は、会社都合で労働契約を途中解約する場合に支払義務が発生する。

(3)上述の通り、従業員が自己都合で退職する場合、経済補償金を支払いする必要が無い為、
   この潜在的な債務を意識している会社は少なく、実務上も、
   日本のように退職金の引き当てをしている会社は少ない。

   M&Aの際にデューデリジェンス(DD)を行う場合は、選択しようとしている「出口」を実施した場合の
   経済補償金の支払い債務、予期せぬ費用負担が発生するのか要確認。

(4)所定の医療期間中で休職している社員は、会社都合でリストラすることは出来ない。

  → 話は変わりますが、医療期間中は、休職している間でも所定の給与を会社が支払う必要があります。
     従業員は、病院から入手した病気や怪我であることの診断書を会社に提示すれば、
     医療期間と主張することが出来ます。

     (あくまで)聞いた話では、これを悪用して、知り合いの医者から偽の診断書を入手して、
     実は元気なのに休職して給料泥棒するケースがあるようですね・・。
     (あくまで)聞いた話です・・orz

     本当に病気や怪我であればかわいそうですが、医療期間中はリストラ出来ないという
     制度と相まって、嘘の申告により寄生虫のように会社からお金を吸い取ろうとする
     ヤツがいるのは嫌ですね・・。

(5)試用期間の社員について、「労働契約法」第39条に基づき、
   「試用期間中に採用条件に合致していないことが証明された場合」、
   会社側は労働契約を即時解除することが出来、この場合、経済補償金の支払いは「不要」

   → 後々、労働者側が「採用条件に合致していない」という具体的な理由を
      示して欲しいと主張してきて揉めないように、就業規則や他の社内規定に、
     「正社員としての採用条件(不適格事由)」を具体的に定めておきたいものですね。

   → (あくまで)聞いた話では、労働者が自己都合で退職する場合、経済補償金の支払いは
      「不要」ということもあり、上記ルールに基づく即時解除ではなく、
      労働者側からの自己都合退職という体裁で退職処理をする会社もあるようです。

      いずれにしても、後々、労働者ともめないようにエビデンスを残す等、対応を進めたいものですね。



3.本書で参考になった内容と備忘メモ

(1)労働者に30日前に告知をして労働契約を解約した場合、通知してから残りの30日間、
   モチベーションの下がった労働者がまじめに仕事をしてくれない可能性があるので、
   1か月分の給与を余分に支払い、告知日と同日に労働契約を解除する選択肢もある。

(2)解雇時に良く争点となるのは、社会保険や住宅積立金(中国語でいう「公積金」)の未払がある場合、
   その補償を求められるケース

   → 社会保険をしっかり納付出来ているかどうか、解雇通知をする前に確認したいですね。
      解雇をする直前になってルール通りに納付していないことに気づいても遅いので、
      平時から問題無い実務であることを確認するようにしましょう。

(3)後々、労働契約の解消に関する手順をちゃんと踏んでいないと突っ込まれないように、
  法的な義務ではないにしても、労働局や地域の労働組合関係の機関へ事前説明は
  行っておいた方が良い。

  → 以前、当社でも上記ケースに該当した苦い経験が・・。

    弁護士に確認しても法律上の義務は無いとの明確な回答がありましたが、
    労働者側が上記主張を繰り返して交渉に時間を要したことがありました。
    色々と難癖を付けて解決に時間を掛け、経済補償金を吊り上げようとする作戦ですね。。

(4)会社の清算等を実施対応中、中国現地法人でお金が無い場合、
   増資や親子ローンの実施には時間が掛かるので、緊急対応としては、
   取引金額の前渡金として日本から中国に支払うというウルトラCがある。

   前払期間が長いと貨物貿易外貨モニタリングシステムへの登録が必要な場合があるが、
   とりあえず、お金は中国法人に入れることが出来る。

   → 上記方法は実施可能かもしれませんが、後々、不当に中国に送金をしたと
      当局から怒られる可能性があるので、これは最後の手段に取っておきましょう。
     
      中国から中国国外に海外送金することに比べれば、中国国外から中国に送金する方が
      規制は緩いとは一般的に言われていますが、実務と合致していない送金となるので、
      常習的にこれを繰り返すとブラックリストに載る可能性がありそうです・・。

「実践 ゼロから法務!: 立ち上げから組織づくりまで」を読んで

1.「実践 ゼロから法務!: 立ち上げから組織づくりまで」を読んで

今般は、最近出版された「実践 ゼロから法務!: 立ち上げから組織づくりまで」という本を読んでみました。

私は数年前に法務担当を卒業しておりますが、元一人法務担当であり、ハンドルネームが「hitorihoumu」であり、また、現在では海外法人のコーポレート責任者として、一人法務担当のナショナルスタッフを管理する立場にあることもあり、これは読むしかないだろうということで、本書を手に取ってみました。

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本書は、下記の複数の著作者の方々が本書のテーマをそれぞれ語る構成となっておりまして、法務の在り方、二人目の採用の仕方から自身の失敗談にいたるまで、小さい法務組織をこれから強化していく方向けに色々なメッセージ、体験談、ヒント等が書かれています。

著者の中には、私が以前、何度か法務の集まりでお会いさせて頂いたことのある方がいまして、今では著名になられた、デキル法務パーソンというイメージが強い方でしたが、その方は、過去の法務担当時代に部下の育成、マネジメントで失敗されていたエピソードを披露されており、出来る人にもそれぞれ悩みがあることを知って、ある意味で励まされました。

[本書の著作人] ※以下、Amazonからコピペしました
・柴山 吉報 (著, 編集)
・官澤 康平 (著, 編集)
・深津 幸紀 (著, 編集)
・堀切 一成 (著, 編集)
・高岸 亘 (著, 編集)
・桑名 直樹 (著, 編集)
・飯田 裕子 (著)
・岩塚 知世 (著)
・橋詰 卓司 (著)
・石渡 真維 (著)
・草原 敦夫 (著)
・高野 慎一 (著)
・長澤 斉 (著)
・内藤 陽子 (著)
・品川 皓亮 (著)
・齋藤 源久 (著)
・藥師神 豪祐 (著)



2.以前、雑誌:ビジネス法務 一人法務特集に投稿したことがあります

法務系雑誌「ビジネス法務」では、1年か2年に1回は、一人法務の特集を組まれているかと思います。

本書は、ビジネス法務を出版している中央経済社系列の「中央経済グループパブリッシング」が出版していることもあるのか、「ビジネス法務」一人法務特集の書籍版と言った内容になっていました。

なお、もう時効?だから書いてしまいますが、私は「ビジネス法務」(2018年7月号)の一人法務特集に私の体験談を掲載させて頂いたことがありました。その時の目次を貼り付けておこうと思います。

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私の所属会社ではビジネス法務を購読しているので、会社に許可なく執筆した等と言われても困るので、名前は伏せて「卸売業法務担当者」として執筆をしました。

上記雑誌を会社で回覧していたところ、他部署の同僚がこっそり、私のそばに寄ってきて、小声で

「この記事、hitorihoumu(私)が書いたものと思いますけど、そうですよね?」

と耳打ちされてきたことがあり、「え、はい、実はそうなんです(汗)えへへ。」と返答した思い出が蘇ってきました。

あれから6年くらい立ち、やっている業務も立場も色々と変わり、当時よりも成長できたかどうかは分かりませんが、上記雑誌の記事にも書いていた、井の中の蛙にならないように、という意識は持ち続けることは今でも出来ているかなとは思います。

最近、同僚(先輩)との世間話の中で、同僚が、「社会人になったら勉強をしなくなるよね~」という発言がありまして、その場では「そうですね~。」と返しましたが、個人的には、引き続き、自己研鑽の気持ちを忘れずに自主勉強を頑張っていこうと思います。
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hitorihoumu

Author:hitorihoumu
41歳 男 二児(+柴犬)の父
主に週末にブログを更新する予定です。
今、中国(上海)で駐在員生活をしています。

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