英米法でいう「危険負担」の定義とは?
今般は、非常に遅ればせながら、積読していたBusiness Law Journalの先月号(2013年4月号)を読んでみました。
先月号では、「国内契約における英米型条項の使い方」という興味深い特集が組まれておりまして、個人的に一番心に留まったのは、三菱商事株式会社 法務部 小林一郎氏の「英米型契約書との比較から見た 日本の契約実務の特徴」という記事です。
早速ですが、上記記事の中で特に気になった個所を以下に抜粋してみたいと思います。
<以下、抜粋>
危険負担条項
日本型契約において頻出する危険負担条項は、国際的に見ても特異な条項ではなかろうか(条項例5)。その中でも、不可抗力条項と同様、「責に帰すべき事由」の有無が、一つのメルクマールとして機能する。
これに対して、国際売買契約において取り決められる危険負担条項は、誰が物の滅失・損傷リスクを負うべきかについてのルールのみを定めることが一般的であるし、そもそも、日本型契約におけるものほどポピュラーではない。危険負担条項が置かれる場合であっても、よりシンプルに「対象商品の危険は、対象商品が売主から買主に引き渡された時点で移転する」とのみ規定される。国際売買における実務規範として定着しているインコタームズでは、それぞれの類型に応じて、危険移転のタイミングについて詳細な定めが置かれているが、当事者の帰責性については議論されていない。
<抜粋終了>
上記の記事を読んでふと気になったのが、これまであまり真剣に考えたことがなかったものの、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」と、英米法でいう「risk of loss」は同じ概念・意味を指しているのか、という疑問です。
そこで、記載内容の信頼性はとりあえず置いておくとして、ウィキベディアにて「危険負担」を調べてみたところ、下記の記述がありましたので、抜粋しておきたいと思います。
<以下、抜粋>
履行危険
上述してきた危険負担の内容は、双務契約で片方の債務が消滅した場合にもう片方の債務(反対債務)も消滅するのか、それとも存続するのかという「双務契約の牽連性(存続上の牽連性)の問題」であった。これに対して、何をすれば・どの時点で債務者は引渡債務を完了したことになるのか(いつ引渡債務は消滅するのか)という意味で「危険負担」という言葉が用いられることもある。
(中略)
国際取引契約におけるFOB(free on board、本船渡し)やCIF (cost, insurance and freight) において「舷側欄干通過時に危険が移転する」といわれることがある。これは貿易などにおいて品物が船積されるときに、その品物が船の欄干を通過した時点で売主は引渡債務を完了したことになる(よって船が沈没しても売主は再び品物を調達する必要はない)という意味であるが、ここでいう「危険」とは履行危険のことなのである。本来の意味での危険負担は、船が沈没して引渡債務が履行不能となった場合、反対債務である代金債権も消滅するのかどうかの問題であって、引渡債務が完了したかどうかという問題とは(密接に関わるものの)別の話である。
<抜粋終わり>
ということで、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」とは別の概念・意味の「危険負担」が存在するようですが、では、英米法ではどちらの概念・意味の「危険負担」を採用しているのか。
今度は、日本も批准しているウィーン売買条約(=国際物品売買契約に関する国際連合条約)の「危険負担」の定めを見てみたいと思います。
<以下、抜粋>
第66条(危険移転の効果)
Loss of or damage to the goods after the risk has passed to the buyer does not discharge him from his obligation to pay the price, unless the loss or damage is due to an act or omission of the seller.
買主は、危険が自己に移転した後に生じた物品の滅失又は損傷により、代金を支払う義務を免れない。ただし、その滅失又は損傷が売主の作為又は不作為による場合は、この限りでない。
<抜粋終わり>
ということで、ウィーン売買条約では、「危険負担」とは、日本の民法と同様、売買契約において「売主の履行不能の場合の買主の支払い義務の有無」の問題と捉えているようです。
ここで、さらに危険負担について色々と調べてみたところ、「1987年2月発表」とかなり昔にはなりますが、「売買契約における危険負担 -アメリカ統一商事法典を素材として-」という長坂純氏著作の興味深い論文を見つけましたので、その一部を以下に抜粋しておきたいと思います。
<以下、抜粋>
4、U.C・Cの考察からの帰結と日本法の検討
(中略)
すなわち、買主危険負担とは、買主には代金支払義務があり、さらに物品を受領しなかったことにより相手方に損害が生じたならば賠償義務をも負担することであり、また、売主危険負担とは、売主に給付義務からの免責は認められず、履行不能による賠償義務をも、売主に負担させることを意味する。このようなとらえ方は、英米法特有の「履行不能」法理の発展に起因したものとも考えられ、売主の履行不能による給付義務からの免責を前提とした他方の債務の存立という、存続上の牽連関係の問題としてとらえる日本法のような法的構成を、一貫する形ではとっていないことを示している。したがって、英米法、ひいてはU・C・Cにおける危険負担の領域は、日本法におけるよりも広範囲に及ぶものとみることができる。(注53)
(注53)
履行不能による売主の給付義務からの免責について、U・C・Cは、締約時に確定されている物品につき、買主への危険移転前に損失が生じた場合、売主は給付義務から免責されるとの規定がある(2-613条)。しかし、種類物売買のような場合に関する規定はなく、問題となるのではなかろうか。
<抜粋終わり>
ここで、UCC(=アメリカ統一商事法典)にて「危険負担」を定めている第2-509条を見てみましたが、同条にはウィーン売買条約のように「売主の履行不能の場合の買主の支払い義務の有無」という明確な記述はなく、単に、複数のケース毎の危険負担の移転時期が記載されているだけでしたが、少なくとも上記論文によると、UCCでは、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」とは別の概念・意味である「履行危険」を採用していることが分かります。また、上記「注53」によると、日本法と同様、特定物の売買においては、売主の責に帰すことの出来ない事由により特定物が滅失した場合、売主の給付義務が免責される旨、定められております。
ここでさらに疑問なのが、売買契約書にて、ウィーン売買条約の適用を除外し、日本法ではなく米国法を準拠法として指定した場合で、危険負担条項には、「危険は○○の時点で売主から買主に移転する。」と定めるのではなく、「売主は、買主の責に帰すべき事由がある場合を除き、○○の時点までに生じた目的物の滅失、毀損等のすべてのリスクを負担する。また、買主は、売主の責に帰すべき事由がある場合を除き、○○の時点以降に生じた目的物の滅失、毀損等のすべてのリスクを負担する。」と記載した場合、上記危険負担条項と、同一契約書内に定めた不可抗力条項は矛盾することは無いのか、ということです。
例えば、買主に危険が移転する前に、買主・売主双方の責に帰すことの出来ない事由により目的物が滅失して売主が履行不能となった場合、「危険負担」を「履行危険」と考えると、全てのリスクを負担している売主は、不可抗力を主張して納入義務を免れることは出来ないのか。もしくは、不可抗力条項は危険負担条項に優先されて適用されるのか。または、そもそも、UCCでは「危険負担」を「履行危険」と考えている、という私の前提が間違っており(または古い考えで)、現行の米国法でも日本の民法第534条で言うところの「危険負担」と同一内容を意味しているので、上記疑問自体が無意味なのか。
私の手元にある複数の英文契約書関係の書籍の中には、英米法の危険負担も日本の民法第534条の危険負担と同一の意味であることを前提で話を展開しているものと、特に英米法の危険負担の定義(risk of lossの「loss」とは何なのか)について明確に触れていないものもあり、いまいち納得出来る答えはありませんでした。
これは明らかに私の勉強不足に端を発したもので、「新人じゃあるまいし、今さらお前何言っているの?」というような疑問ではありますが、個人的な喫急の課題として調査を進めたいと思います。
取りあえず、現時点においての私の頭の中を整理する為に、上記の通り書き留めておきました。
こうして書面に落とせばおのずと答が見えてくるかと思いましたが、いまだにカオス状態です(笑)
先輩諸氏の方々、正解をご存知でしたらご教示ください!
P.S.
2014年1月19日
上記記事に関連して、「英米法でいう「危険負担」の定義とは?(その2)」という記事を書いてみました。ご笑覧下さい・・。
http://hitorihoumu.blog47.fc2.com/blog-entry-414.html
先月号では、「国内契約における英米型条項の使い方」という興味深い特集が組まれておりまして、個人的に一番心に留まったのは、三菱商事株式会社 法務部 小林一郎氏の「英米型契約書との比較から見た 日本の契約実務の特徴」という記事です。
早速ですが、上記記事の中で特に気になった個所を以下に抜粋してみたいと思います。
<以下、抜粋>
危険負担条項
日本型契約において頻出する危険負担条項は、国際的に見ても特異な条項ではなかろうか(条項例5)。その中でも、不可抗力条項と同様、「責に帰すべき事由」の有無が、一つのメルクマールとして機能する。
これに対して、国際売買契約において取り決められる危険負担条項は、誰が物の滅失・損傷リスクを負うべきかについてのルールのみを定めることが一般的であるし、そもそも、日本型契約におけるものほどポピュラーではない。危険負担条項が置かれる場合であっても、よりシンプルに「対象商品の危険は、対象商品が売主から買主に引き渡された時点で移転する」とのみ規定される。国際売買における実務規範として定着しているインコタームズでは、それぞれの類型に応じて、危険移転のタイミングについて詳細な定めが置かれているが、当事者の帰責性については議論されていない。
<抜粋終了>
上記の記事を読んでふと気になったのが、これまであまり真剣に考えたことがなかったものの、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」と、英米法でいう「risk of loss」は同じ概念・意味を指しているのか、という疑問です。
そこで、記載内容の信頼性はとりあえず置いておくとして、ウィキベディアにて「危険負担」を調べてみたところ、下記の記述がありましたので、抜粋しておきたいと思います。
<以下、抜粋>
履行危険
上述してきた危険負担の内容は、双務契約で片方の債務が消滅した場合にもう片方の債務(反対債務)も消滅するのか、それとも存続するのかという「双務契約の牽連性(存続上の牽連性)の問題」であった。これに対して、何をすれば・どの時点で債務者は引渡債務を完了したことになるのか(いつ引渡債務は消滅するのか)という意味で「危険負担」という言葉が用いられることもある。
(中略)
国際取引契約におけるFOB(free on board、本船渡し)やCIF (cost, insurance and freight) において「舷側欄干通過時に危険が移転する」といわれることがある。これは貿易などにおいて品物が船積されるときに、その品物が船の欄干を通過した時点で売主は引渡債務を完了したことになる(よって船が沈没しても売主は再び品物を調達する必要はない)という意味であるが、ここでいう「危険」とは履行危険のことなのである。本来の意味での危険負担は、船が沈没して引渡債務が履行不能となった場合、反対債務である代金債権も消滅するのかどうかの問題であって、引渡債務が完了したかどうかという問題とは(密接に関わるものの)別の話である。
<抜粋終わり>
ということで、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」とは別の概念・意味の「危険負担」が存在するようですが、では、英米法ではどちらの概念・意味の「危険負担」を採用しているのか。
今度は、日本も批准しているウィーン売買条約(=国際物品売買契約に関する国際連合条約)の「危険負担」の定めを見てみたいと思います。
<以下、抜粋>
第66条(危険移転の効果)
Loss of or damage to the goods after the risk has passed to the buyer does not discharge him from his obligation to pay the price, unless the loss or damage is due to an act or omission of the seller.
買主は、危険が自己に移転した後に生じた物品の滅失又は損傷により、代金を支払う義務を免れない。ただし、その滅失又は損傷が売主の作為又は不作為による場合は、この限りでない。
<抜粋終わり>
ということで、ウィーン売買条約では、「危険負担」とは、日本の民法と同様、売買契約において「売主の履行不能の場合の買主の支払い義務の有無」の問題と捉えているようです。
ここで、さらに危険負担について色々と調べてみたところ、「1987年2月発表」とかなり昔にはなりますが、「売買契約における危険負担 -アメリカ統一商事法典を素材として-」という長坂純氏著作の興味深い論文を見つけましたので、その一部を以下に抜粋しておきたいと思います。
<以下、抜粋>
4、U.C・Cの考察からの帰結と日本法の検討
(中略)
すなわち、買主危険負担とは、買主には代金支払義務があり、さらに物品を受領しなかったことにより相手方に損害が生じたならば賠償義務をも負担することであり、また、売主危険負担とは、売主に給付義務からの免責は認められず、履行不能による賠償義務をも、売主に負担させることを意味する。このようなとらえ方は、英米法特有の「履行不能」法理の発展に起因したものとも考えられ、売主の履行不能による給付義務からの免責を前提とした他方の債務の存立という、存続上の牽連関係の問題としてとらえる日本法のような法的構成を、一貫する形ではとっていないことを示している。したがって、英米法、ひいてはU・C・Cにおける危険負担の領域は、日本法におけるよりも広範囲に及ぶものとみることができる。(注53)
(注53)
履行不能による売主の給付義務からの免責について、U・C・Cは、締約時に確定されている物品につき、買主への危険移転前に損失が生じた場合、売主は給付義務から免責されるとの規定がある(2-613条)。しかし、種類物売買のような場合に関する規定はなく、問題となるのではなかろうか。
<抜粋終わり>
ここで、UCC(=アメリカ統一商事法典)にて「危険負担」を定めている第2-509条を見てみましたが、同条にはウィーン売買条約のように「売主の履行不能の場合の買主の支払い義務の有無」という明確な記述はなく、単に、複数のケース毎の危険負担の移転時期が記載されているだけでしたが、少なくとも上記論文によると、UCCでは、日本の民法第534条で言うところの「危険負担」とは別の概念・意味である「履行危険」を採用していることが分かります。また、上記「注53」によると、日本法と同様、特定物の売買においては、売主の責に帰すことの出来ない事由により特定物が滅失した場合、売主の給付義務が免責される旨、定められております。
ここでさらに疑問なのが、売買契約書にて、ウィーン売買条約の適用を除外し、日本法ではなく米国法を準拠法として指定した場合で、危険負担条項には、「危険は○○の時点で売主から買主に移転する。」と定めるのではなく、「売主は、買主の責に帰すべき事由がある場合を除き、○○の時点までに生じた目的物の滅失、毀損等のすべてのリスクを負担する。また、買主は、売主の責に帰すべき事由がある場合を除き、○○の時点以降に生じた目的物の滅失、毀損等のすべてのリスクを負担する。」と記載した場合、上記危険負担条項と、同一契約書内に定めた不可抗力条項は矛盾することは無いのか、ということです。
例えば、買主に危険が移転する前に、買主・売主双方の責に帰すことの出来ない事由により目的物が滅失して売主が履行不能となった場合、「危険負担」を「履行危険」と考えると、全てのリスクを負担している売主は、不可抗力を主張して納入義務を免れることは出来ないのか。もしくは、不可抗力条項は危険負担条項に優先されて適用されるのか。または、そもそも、UCCでは「危険負担」を「履行危険」と考えている、という私の前提が間違っており(または古い考えで)、現行の米国法でも日本の民法第534条で言うところの「危険負担」と同一内容を意味しているので、上記疑問自体が無意味なのか。
私の手元にある複数の英文契約書関係の書籍の中には、英米法の危険負担も日本の民法第534条の危険負担と同一の意味であることを前提で話を展開しているものと、特に英米法の危険負担の定義(risk of lossの「loss」とは何なのか)について明確に触れていないものもあり、いまいち納得出来る答えはありませんでした。
これは明らかに私の勉強不足に端を発したもので、「新人じゃあるまいし、今さらお前何言っているの?」というような疑問ではありますが、個人的な喫急の課題として調査を進めたいと思います。
取りあえず、現時点においての私の頭の中を整理する為に、上記の通り書き留めておきました。
こうして書面に落とせばおのずと答が見えてくるかと思いましたが、いまだにカオス状態です(笑)
先輩諸氏の方々、正解をご存知でしたらご教示ください!
P.S.
2014年1月19日
上記記事に関連して、「英米法でいう「危険負担」の定義とは?(その2)」という記事を書いてみました。ご笑覧下さい・・。
http://hitorihoumu.blog47.fc2.com/blog-entry-414.html
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